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瞑想における哲学の使い方 [後編]

 

[前編] で一元論・二元論のお話をいたしました。
元となるものから世界が生まれた→発生した→流れ出た、という表現から、流出論的一元論、流出論的二元論という呼び方もあります。
 
ヨガの哲学のベースはサーンキヤ哲学(二元論)であり、その元は精神原理(プルシャ)と物質原理(プラクリティ)となりますので、世界の流出元は物質原理であるプラクリティと考える訳です。
 
プラクリティは3つの構成要素〔サットバ(純質)・ラジャス(激質)・タマス(鈍質)〕で出来ており、本来この3つが均衡することで安定した状態でありましたが、プルシャから「見られる」ことによりバランスが変化し、世界の流出が始まった、とされます。
 
プラクリティからは以下の順番で世界が流出した、構成されたと考えます。
① ブッディ(知性・元意識)
② アハンカーラ(自我)
③ マナス(意識・マインド)
ここからさらに感覚や世界が構成されていくのですが、基本的な考え方は以上となります。
 
ここから、これらを瞑想にどう活かしていくのか?というお話になります。
 
例えば瞑想中になにかの考えが浮かんだとき、思考を停止するタイプの瞑想なら、呼吸に意識を向けたり、マントラを唱えたり、といった方法で考えを意識から排除しようとします。
考えるタイプの瞑想であれば、その考えがどうして浮かんだのか?なにが原因かについて思考していくことになります。
 
このとき、ただ漠然と考えないようにしたり、または原因を探るよりも、自分の心のどの機能がその思考や感情を生んでいるのか?ということに気づくことで、
考えを止める場合も、原因を思考していく場合も、具体的に対象をイメージすることができるようになります。
 
考えや感情については、③のマナスということになりますので、「今はそのことは考えなくてもいいですよ」というお願いも、「なんでそんな考えが今浮かんできたの?」という質問も、マナスに対して行えば良いわけです。
 
また、流出論的にはマナスの前はアハンカーラ(自我)ですので、考えが起こった原因を遡ると、自我の意識が関係しているのではないかと推論していきます。
 
このようにちょっとしたことですが、自分の感情や思いを分類し、それぞれについて個別に考えることで、自分の思考やマインドについて深める良い方法となるのではと思っています。
 
瞑想や哲学は自分を深めるためのツールだと思います。
 
今回はサーンキヤ哲学で解説していますが、一元論でも仏教でも、または西洋哲学でもなんでもいいと思います。
今の自分に必要なものを選んで、結果的に多くの気づきを得られれば、それが自分にあった一番の方法なのかなと。
 
瞑想は難しいと感じる人も多いと思います。
いきなり頭空っぽになんてできません。
水泳も、いきなりオリンピック選手に競泳の方法を学んでも身に着かないのと同じで、まずは水に慣れることから始めてみたら良いと思います。
 
椅子の上でもなんでもいいので、まずは楽な姿勢で座ってみる。
ため息をついてボーっとしてみましょう。
考えが浮かんできたら、「この考えはマナスが発しているんだな」と捉えて、自分の中の何処がマナスなのか探してみましょう。見つからないと思いますが、探し続けます。そうすることで水に慣れるように、心の中を泳ぐことに慣れていきましょう。その中で少しづつ、気づきのようなものが出てくると思います。
 
焦らず時間を掛けて、楽しんで瞑想をしていただけたらと思います。
 
長々と書きましたが、この中でひとつでも読んでいただいた方のヒントなるものがあれば幸いです。
 
みたいな(=゚ω゚)ノ